ハワイ旅行より

ワイキキの白い砂とアラワイ運河

ハワイに訪れるとき多くの人が
最初に訪れるのがワイキキ、白い砂浜にリゾートホテル
そして背景にはダイヤモンドヘッド、まさに楽園の風景
その風景はどのようにして造られてきたのか?
アラワイ運河とは?意外な過程をえているのだ。



アラワイ運河を望む













トップ
ハワイ旅行の情報


格安フリープランや格安個人旅行方法なども紹介
格安ハワイ旅行方法





ワイキキとアラワイ運河


ワイキキエリアとは?
アラワイ運河とワイキキビーチに囲まれたエリア
上の地図で簡単にワイキキエリアをあらわしてみました。
実際はダイヤモンドヘッドの麓あたりまでワイキキらしいが
ガイドブックなどでよく紹介されるのがワイキキビーチやクヒオビーチ
そしてアラワイ運河に囲まれたエリアである。カラカウア通りとクヒオ通り
をメインストリートとして多くのホテルやレストラン、バー、ショップ
などが集まり、ビーチには美しい砂浜、背景のダイヤモンドヘッドなど
ハワイの魅力をギューッとつめたようなエリアなのだ。
そもそもどのような過程をえてこのリゾートエリアが誕生したのかまとめてみました。


かつてここは湿地帯であった
タロ芋畑や淡水魚の養魚場とか
ワイキキを歩くとココナツ林に囲まれるようにして王族の邸宅跡の碑などをみることがある。
かつて王族の別荘もあり「まさに古くからの楽園」と思うが、かつてはタロイモ畑や淡水魚の養殖がおこなわれた
湿地帯(沼地)だったとか?内陸部のコオラウ山脈から流れる川などでジメジメしていたという。
ちなみにワイキキの「ワイ」はハワイ語で水を意味しており、水が豊富であったことを伺わせる地名とのこと。
水田やアヒル池になる。
日本は明治に入りサトウキビの農場労働者として訪れているが他にもアジア系移民が訪れて稲作や食用の
アヒル池を造られた。今のアラモアナセンターあたりはアヒル池であったと言われている。
かつてのワイキキの風景は今とは大きく異なっていたのであろう。


ワイキキのリゾート化
モアナホテルの誕生
ワイキキが現在のようなリゾート地となるさきがけが1901年に誕生した「モアナホテル」
現在の「モアナサーフライダー」である。それまでは、ダウンタウンに滞在するのが一般的だったとか?
その後もロイヤルハワイアンやハレクラニというようなリゾートホテルが建てられワイキキはリゾート地となる。
そして、それらのホテルは現在でもワイキキ有数の高級ホテルとして知られている。
蚊に悩まされる。
1900年代に入りリゾート化がすすむワイキキであるが湿地帯であるうえにアヒル池や養魚池、
水田があったりと蚊の発生に悩むこととなった。
衛生上の理由からアラワイ運河が造られた
そこで、1921年から28年にかけてワイキキの内陸側にアラワイ運河が造られた。
それにより内陸からの水を食い止めることとなり、蚊の発生をふせぐことになったのだ。
ちなみに1900年代のワイキキの土地の所有権のほとんどが白人のものとなり、その後
土地改良のできない地元の人も土地を売却せざるをえなかったとか?
アラワイ運河の衛生状態
ワイキキといえばビーチ側に人気が集まりアラワイ運河は地味な存在であろう。
実際に訪れてみると、運河沿いをジョギングする人がいたりと地元の憩いの場ともなっているように思える。
アラワイ運河の内陸側はゴルフコースがあったりもするのだ。ハワイ旅行のリピーターで運河周辺の滞在
を好む人もいるようだ。ただ、この運河は汚水などが流れ出しており不衛生な運河としても知られている。
遊泳も禁止、ここの魚も食べられないとか?見た目はきれいそうに見えたが・・・

ワイキキの白い砂は大陸から運ばれている!?
現在もときどき補充するとか?
ワイキキといえば白い砂浜が有名であるがここには砂浜はなかったのだ。もともと溶岩状であったとか
それを1930年代になってカルフォルニアなど大陸から砂を運ばれてきたといわれている。
今もときどきワイキキの砂を補充するなんて話を聞いたことがある。


多くの人々が楽しむワイキキの砂浜
もともと砂浜ではなかったのだから驚き!










トップ
ハワイ旅行の情報


(注意)
2010年12月の旅行経験に基づき2013年に作成しました。
主観的な部分もあり実際と異なることや、状況が変化していることもあります。
参考程度に自己責任のもとで調査してください。